トルコ自転車旅行②

トルコ自転車旅行②

・7日目〜8日目

トルコに来てあまり走っていなかったが、この日は本腰入れて走った。予定としては160kmくらい。前日大量のパンを買い込んで、パムッカレを4時くらいに出発。トルコといえど、早朝はとても寒く凍える寒さ。そして、上り坂、野犬・・・。しかし、一番印象に残る日になった。
朝から70kmくらいのゆるい上り坂を向かい風の中進むのは、かなり体にこたえる。野犬も絶好調であきらかん猟犬が3匹くらいで徒党を組んで襲ってくる。こっちだって挑発なんかしたくないけど、国道の一本道でお前らが待ち構えているのがいけないんだぞ、と思いながら、知恵袋で調べた通りライトとベルで威嚇し走って行く。すると逆効果。テンション上がって1kmくらいチェイス。こっちは25km以上で走っているはずなのにずっと追ってくる。野犬こわし。知恵袋は役に立たない。
でもいいこともある。AM9:00頃へばって休んでいると、近くのおじいさんが家に招いてくれてチャイとよくわからん食べものを出してくれた。トルコではこのパターンがとても多く、これから何回も家に招いてもらったり、何かご馳走してもらったりした。
彼らの言葉はわからないけど、なんか息子の話とかしてた。なんか元気出た。
そのまま走って昼ぐらいになると水が少なくなって来た。基本的に4リットル位持って走っているのだが、燃費の悪い私の身体だとなくなってしまう。水を求め小さな商店によると、例の通りチャイを出してくれた。そして日本人とわかり私が空手をすることがわかると、なんと店主が空手道場で師範をしているらしく、突然商店で空手対決が実現した。しかし彼は極真空手、私はスポーツ空手、まさかの関節技の後ボコボコにされる。おれ疲れてるんだけど、と思いながらなんとか水をゲットし、店脱出。
昼過ぎになるとだんだん荒野から山奥に迷い込んで行く。しかし羊や牛など広大な土地に放し飼いされていて、とても気持ち良さそう。日本と違ってトルコの動物は開放的に過ごせていいな。
山奥で畑の中を走っているとまたもおじいさんとおばあさんに呼び止められる。また一緒にチャイを飲む。さらに今度はその辺に植えてある葉っぱを引きちぎって謎の小麦っぽい生地に挟んでくれる。正直戸惑うが、腹は減っており、食料は少なくなって来ている。さらに目的地までまだ70kmくらいはある。ありがたくいただく。食えば食うだけ謎の食べ物が出てくる。食べれない分は直接ポケットに突っ込んで、走り出す。
さらに山奥を走っていると地図にない道で迷い始めた。道路は舗装などされておらず、石だらけ、全然進まない。小さな集落を見つけ、ヘルプを求めると原チャリで道案内してくれた。スポード的に全然ついていけないけど、いい人たちだな。
チャイを誘われるが、日が落ち始めてるのでありがたくお断りし、先を急ぐ。
看板にはブルドゥルまで40kmとある。時刻は16:00くらいで日はかなり傾いている。
ここまでもう120kmくらいは走っておりフラフラだが、力を振り絞り走る。
もう食料はイチゴジャムのみである上、水も落としてしまった。
日は没し、電灯などない国道を野犬と猛スピードの車に怯えながら、力を振り絞って走る。休憩ではイチゴジャムを舐める。
無事宿に到着。死んだように眠る。
翌日、ブルドゥルからエイルディルまで70kmほど走る予定だったが、私はあまりの疲労でバスにする。友人はチャリ。宿の住所だけ教えてもらい、少し観光した後バスに乗る。横のおっさんと心意気で会話しながらエイルディルに行く。
エイルディルは高地の湖沿岸に位置する町で、日本でいう軽井沢のような避暑地である。それほど知られていないらしく、それほど混まず人気なのだそうな。
しかし、今回は3月と冬。誰もいない。誰もいない湖畔を凍えながら歩く。
改めて夏に来てみたいと思う。
そういえばここまで書いてなかったが、町による度モスクに寄っている。モスクはトイレを貸してくれる上、なかなか特徴があって面白いのだ。

<食べ物について>

・パン

トルコはパン食である。小麦の産地であるため、パンは安くでかい。ただ日本人向けではないかもしれない。一番シンプルなパンはエキメッキと呼ばれる。日本みたいに様々な種類があるわけではないが、エネルギーは取れるので、でかいパンを荷台に背負って走っていた。

・チャイ

トルコ人はチャイを愛用している。
チャイはインドなどと違いスパイスなど入れないシンプルなタイプ。
彼らは砂糖をチャイに入れる。角砂糖を入れるパターンが多く、基本が2個、年寄りになれば4つくらい入れたりする。私は2個または3個が丁度いい。
余談だが、チャイ用のヤカンがある。ヤカンを二段重ねたようなもので、上の段に茶葉だけ入れて、下の段に水を沸かす。水が沸いたら上の段にお湯を入れて、カップには両方注いで濃さを調整する。おじさんが教えてくれた。言葉がわからないが、多分あってると思う。

 

トルコ自転車旅行①

トルコ自転車旅行①

部屋の整理をしていたら、5年ほど前にトルコで自転車旅行をした時の記録が出てきた。思ったより何も書いてないのだが、懐かしく、ちょっと思い出して記してみようと思う。
概要
・期間:3週間
・季節:3月
・男2人(僕は初心者、友人は猛者)
・自転車を飛行機で持って行って走る
・観光もするし、バス移動もする
・走ったのは計800kmくらいだったような
・イズミール→エフェス→パムッカレ→ブルドゥル→エイルディル→アンタルヤ→サフランボル→ブルサ→イズニック→イスタンブール

・出発〜2日目 イズミール

フライト日の午前中、大学4回生の卒業論文を担当教官に提出し、その日の夜便でトルコへ。担当教官は昔トルコに滞在したことがあるようで、トルコ人の運転は荒すぎるから十分注意するようにとのありがたい言葉をいただいた。自転車を飛行機で運ぶ時は、100ユーロかかった。どうやら空港によって値段が違うと言う噂で関空は100ユーロとのことだった。空気が抜けているか確認され、無事預け、出発。
関西国際空港から約10時間でイスタンブールに到着し、乗り継いでイズミールへ移動。空港からイズミール市内へは電車で移動したが、時刻表などなく、30分ほど待っただろうか。やはり時間通りに電車が来る日本が特殊なのだろうと実感した。しかし、トルコ人青年がおばあちゃんに席を譲っているのを見てほっこりした気分になった。さらに、私たちが乗り換えでどこに行こうか迷っていると、別の青年が声をかけてきてくれて案内してくれた。最初は何か騙されるのではないかと疑ったがそんなこと全くなく、ホームまで案内されて、しれっと彼は去って行った。ありがとう、でも疑ってごめんと言いたかった。トルコ人はやさしいと早くも思った。
イズミールの駅に到着。
自転車を組み立てていると多くの人が声をかけてきた。もちろんトルコ語なので、何言ってるかわからないが、興味津々である。その中にガンガン来る二人の青年がいた。どこからきた、何をするのか、これはなんだ、バイシクルかなどなど聞き、自分が組み立てたいと申し出る。我々は再度怪しいと思い邪険に扱っていたが、一通り、組み立て終わると、手持ちのおしぼり?のようなものをくれて手をふけと言ってくれた。彼の手も真っ黒だったが、俺は大丈夫だと言わんばかりの身振り手振りで去っていった。トルコすごいと自転車に乗る前から思った。ただし、自転車は飛行機での取り扱いによってサイクルメーター(時速や走行距離がわかるようなやつ)がいかれてしまった。ショックである。
3週間の滞在を通して思ったのだが、トルコの人たちは皆「私は〜人だ」と言う時に、「私はトルコ人だ」もしくは「クルド人」だなどと言う(他の民族ももちろんたくさんいるがそれは割愛)。日本は単一民族なので「日本人だ」と言うが、トルコは多民族国家なので同じ国でもトルコ人と言ったりクルド人と言ったりするのが新鮮だった。また、この滞在を通してたくさんのクルド人の人々と出会った。テレビなどではクルド人=やばい人達みたいな印象を持たされてしまうが、決してそんなことはなく、むしろいい奴らばかりだった。メディアによる印象操作は怖いと実感した。
トルコの民族問題については、事前に本を読んでおいた。
イズミールの道路はボコボコなところや謎の穴なども多く、走るには怖かった。側溝の網目がやたら太く自転車のタイヤがはまってしまう時もあり、その時は泣きそうになる。気をつけないといけない。
イズミールではトルコ全域の道路地図を購入し、いくらか観光もした。
近くの遺跡まで走ってみたりもしたが、遺跡には相合傘の落書きなどあり、どこも変わらないなぁと思った。でもすぐに遺跡があるのはさすがトルコか。
食べ物は小麦食であるがゆえ、いろいろなパンがあった。路上で謎のパンがたくさん売られており、買ってみたが正直微妙であった。日本のパン屋はすごい。
  
モスクの中

・3日目〜4日目 エフェス

イズミールからエフェスまで70kmほど走り、世界遺産にもなっている遺跡を見て回った。70kmであれば幸せサイクリングのはずなのだが、まだ体がトルコに慣れず、ボコボコの道路を走るのもストレスが多く、とても疲労した。また道中何回か野犬に追い回された。大都市郊外には飢えた野犬がたくさんうろうろしている。私たちは行動食のパンを大量に荷台に乗せて走っているし、格好の餌食なのだろう。日本で狂犬病の予防接種も受けたかったのだが、なぜかワクチンがもうないとのことで受けられずに来てしまったし、またも走りながら泣きそうだった。準備は大切である。
エフェスは世界遺産なだけあって迫力のある遺跡であった。闘技場から石版、謎の建物などたくさんあり、広大な広さがあった。闘技場では古代ローマの戦士たちを想った。

・5日目〜6日目 パムッカレ

エフェスからまた世界遺産のパムッカレに向かう。パムッカレは石灰岩質の棚田のような地形に水が湧き出している人気のスポットである。エフェスからは距離があり時間的に難しいのでバスでいく。トルコのバス交通網はとても発達していて、トルコ中どこへ行くにもバスは便利。バス会社によるけれども、長距離移動バスはトイレはもちろん完備しているし、飲み物やお菓子、ひざ掛けなども出してくれるのでとてもよい。路線によってはメルセデスのバスにも乗ることができ、なんかとてもブルジョワジーになったような気分になれる。
パムッカレはとても広く一日中入れる。石灰岩質の湧き水だけでなく、その裏には多くの遺跡があり、また湧き水もある。プールのように泳ぐこともでき、一日中楽しむことができる。
 
余談だけど、トルコのお菓子は安いし案外美味しい。
日本円40円くらいで結構美味しいスポンジケーキみたいなのが帰る。
確かEtiというメーカーとかだった気がする。
日本にないのが寂しいくらい。その辺で売ってるのでぜひ食べて欲しい。

サンフランシスコ 旅行

サンフランシスコの滞在記と観光

数年前、サンフランシスコに1週間滞在した時のことを思い出そう。
季節:冬(12月)
宿:3人相部屋(一人一泊4000円くらい)@サンフランシスコ市内

注)サンフランシスコの治安が悪いエリアについて

サンフランシスコにはテンダーロインと呼ばれる治安の悪いエリアがある。いわゆるスラムだ。そのエリアに入った瞬間、人の層が変わる。
路上で寝てる人や麻薬のせいかラリってるような人もいる。匂いも嗅いだことない強烈な匂いがするところもある(麻薬らしい)。
私たちは宿を誤ってギリギリこのエリアにとってしまったため、毎日怖い思いをした。ベットによくわからないつぶつぶが落ちていたのも覚えている(何かはわからないし、考えたくもない)。
滞在する人は注意したい。

<観光 サンフランシスコ市内>

ショッピング

大都会だけあって様々なショップがある。日本で見るようなメーカーの直営店やデパートもある。私が訪れたのはクリスマス前だったため、多くの店がクリスマスセールをやっていた。
私は身長185cm体重70kg程度と日本人としては大きく、日本でなかなかサイズのあう服に巡り会えないのだが、アメリカでは私などSかMサイズがぴったりでとてもテンション上がったのを覚えている。調子に乗ってシャツやセーターなど買ったが、どちらも10ドル程度とお買い得だった。
体型のため日本で自由に服を買えない方はぜひアメリカで買うものオススメである。

マーケット

週末は海辺のフェリー乗り場前で大きなマーケットが開催される。生鮮食品や加工食品、アクセサリー、お土産物まで多数のお店が出店される。
見たこともない野菜や掘り出し物が見つかるかもしれないので、思い出したら寄って見ると面白い。

中華街

市内に突然中華街が現れる。治安などは問題なく普通に歩ける。突然のアジアンテイストな感じは、人種のるつぼと呼ばれるアメリカらしさを感じる。

メジャーリーグ

サンフランシスコジャイアンツの本拠地がある。
この時は残念ながらオフシーズン。

フィッシャーマンズワーフ

路面電車でもいいし歩いてでもフィッシャーマンズワーフまで行ける。有名なので一度は行って良い。たくさんのグルメを楽しめる。

ゴールデンゲートブリッジ

とりあえず綺麗な橋である。名所。

<観光 サンフランシスコ郊外>

ナパバレー

サンフランシスコ市内から車で1時間くらいのところにナパバレーという世界的に有名なワイン畑があり、多数のワイナリーがひしめき合う。
各ワイナリーでは無料・有料あるがほとんどで試飲ができる。試飲に20ドルくらいするところももちろんあるが、それでも有名なワインが飲めるとあって人気だ。
日本でも買うことができるが、現地で買うよりも2倍くらいするという噂なので、そういったワインが飲めるのが嬉しい。
私は6本購入し、友人と合わせて12本購入した。友人は以前ザックにワインを入れて飛行機で持ち帰って、3本中2本割った経験があることから今回は12本まとめて郵送することにした。
ワイナリーで国際郵送ができたか忘れたが、私たちは確かサンフランシスコ市内の日航ホテルで送ってもらった。
日航ホテルには日本語を話せるスタッフがおり、観光案内などしてもらった。どこへいったらいいかわからない人などにはオススメである。
郵送費は12本で約1万円程度であっただろうか。郵送費には目をつぶる。
ワイン用の広大なぶどう畑

郊外南部(Google本社、スタンフォード大学など)

市内中心部から電車で1時間くらいのなんとかという駅で降りちょっとするとGoogle本社が見えてくる。
私は行った日が土曜日だったので閑散としていたが、世界のGoogleを感じることができた。あのロゴやロゴカラーの自転車がその辺に置いてあり、自由に使用できた。観光名所なのかはわからないが、好きな人は行ってみても面白い。
また、そのあたりまで来ると近くに(要車だが)、世界的に有名な私立のスタンフォード大学がある。
敷地は広大でどこからどこまでが大学かわからないくらいだった。こちらも土曜日のため人は少なかったのが残念だが、古くからの伝統ある雰囲気を感じることができた。
大聖堂では結婚式が執り行われており、このような点も日本とは違うなぁと思った。東大とか慶応とかで結婚式やらないもんね。

ミュアウッド

市内から車で1時間ほどでミュアウッドと呼ばれる「でかい杉林」に行った。
一本一本の杉が日本で見るような杉とは比べ物にならないくらいの大きさで、世界一の杉林と言われている。人気のようで地元の人や観光客など多くの人が来ていた。
ちょっとしたハイキングもできるくらいの大きさで山全体がミュアウッドと呼ばれているのだろうか。
旅行社に申し込めば市内からは車で送り迎えしてもらうことができ、確か一人60-70ドルくらいだっただろうか(忘れた)。都会の喧騒からかけ離れた空間は心のリフレッシュに良いと思った。

ニューオリンズの記録

ニューオリンズ滞在記

食べ物

ニューオリンズの有名な食べ物といったら、ガイドブックなどではクレオールやガンボ、シーフードなどが有名であると言われている。でもアメリカはアメリカで揚げ物の割合がとても大きい。たいていの料理にはフライドポテトが付いてきて、野菜などほとんどない。また、1週間ほど滞在しようと思ったら水やお菓子、たまに野菜を買ったりしたいものなのでスーパーに行きたいが、なかなかスーパーも見つからない。適当に歩いても見つからないので、ちゃんと調べていかないと行けない。

朝食・カフェ

ニューオリンズは私にとって意外だったがカフェが多い。有名なカフェデュモンドを始め朝早くからやっている店もあり、比較的安価でコーヒーと朝食が食べられる。だいたいコーヒー2ドル、朝食4-5ドル。スターバックスなどのチェーン店は少なく、個人店が多いのが面白い。また、カフェデュモンドでベニエを食べるのだろうけれど、正直量が多すぎるので、3人までなら一つをシェアでいいかと思った。一人一つ頼んだ人たちは大抵残していた。

日用品

水とかジュース、日用品を買いたいなら WalGreenが便利。たいていのものは揃う。でもあくまでPharmacyなので、生鮮品は買えない。野菜とか肉を買うならスーパーに行く。
しかしスーパーも少ない?のが難点。でも見つければメロンとかの果物や肉は安い。

洗濯、コインランドリー

海外にも意外とコインランドリーはあり、宿の近くにもあった。行ってみると使い方がわからなかったが、地元の兄ちゃん姉ちゃんたちが親切に教えてくれた。意外とやさしい。洗剤もランドリーで購入できたのだが、洗った洋服を着たらじんましんが出た。友人は大丈夫そうだったので、人によるのだろうけれど、心配ならば日本から洗剤を持っていくのがいいかもしれない。

NBA観戦記

NBAの観戦に行った。チケットは簡単にネットで買えるので買って行ってもいいし、当日券もある。意外と空席も多かったので、当日も買えるかも。自分は一階席ゴール裏の一番後ろの席で、値段は3500円程度と意外と安い。2階席なら1000円程度で買えるが、2階席はかなり遠くなってしまうので、少し高くなっても1階席がいいと思う。観戦したのはペリカンズVSバックス戦。
※NBA観戦の注意
意気揚々と当日会場に行ったのだがハプニング。
怖いガードマンさんに言われたのはNo Bag or Clear Bag !
カバンは持ち込み禁止なのだ。当然コインロッカーなどないし、Clear bagなんであるはずがない。結局宿に帰って、荷物を全部置いて会場に戻った。そしたら何も問題なし。
会場の治安が心配という人もいるかもしれないが、普通にしてれば何も問題なし。
安心して試合を楽しめた。試合が始まってから到着しても全然OKなので自分のスケジュールで楽しめる。
NBAの試合はエンターテインメント性が高く、チアのダンスだけでなく、クオーター間でサプライズのプロポーズがあったり、などなど試合以外のことも楽しめるのでオススメ。

ジャズ

・プリザベーションホール
・ピアノバー
フレンチクオーターに夜行けば至る所でジャズをやってるので自由に入ってみるとよい。ちょっと入りにくかったり、店の前にいるお兄さんが強面だったりするけれど、全然大丈夫。ガイドブックなどでは治安に注意と買いてあるけれども、小道・脇道・暗い道に入ったりせず、大通りだけで普通にしていれば何も問題なし。十分に楽しめるので、行くことがあればぜひ立ち寄ってみたい場所だと思う。
有名なのがプリザベーションホール。
ガイドブックにもよく乗ってる有名なところ。時によって違うみたいだが、私の時は値段は20ドル(学生は15ドル)で1時間の演奏。学校の教室の半分くらいの大きさの会場に演奏者(ピアノ・トランペット・クラリネット・ベース・トロンボーン・ドラム)と客がぎゅっと入るスタイル。とても近くで聴けるので臨場感があり、ぜひおすすめしたい。ちなみに30分ほど前から並ばないと入れないが、事前に予約してもっと高いお金を払えば並ばなくても良いし、前の方に座って聴ける。
友人に教えてもらったのが、プリザベーションホールの横にあるピアノバー( Pat O’Brien’s)。広いホールのような中に大きなピアノが2台あり、その周りをテーブルが取り囲む。客はお酒を頼むだけでピアノ・歌を聴けるのでかなりのお得感。
曲は客の完全リクエスト性で、紙ナプキンに希望の曲を書いてチップを挟んで演奏者に渡せば、運がいいと演奏してくれる。完全に即興でとても力強くピアノを弾き歌ってくれるのでとてもいいものである。私はリクエストできなかったが、ぜひ機会があったらリクエストしたい。
またお酒は席に着くなり、店員さんからハリケーン?と聞かれるので、ハリケーンでよければうんとうなづけばOK。ハリケーンはニューオリンズで有名なカクテルで、思いのほかアルコールが強く、お酒の弱い私は1杯飲みきれなかった。もちろんハリケーン以外もある。
ちなみに中は広くピアノがない部屋に通される場合もあるらしいので、比較的早い時間に行ったほうがいいかもしれない。私は運よくピアノの横に通されたのでラッキー。

自宅で藍染体験してみた

働いていた時、1週間の休暇があった。毎日1個ずつ今までやったことのないことをやろうと決め、実行していた。その一つとして、たまたまテレビでやっていた藍染を自宅でやってみようと思い、やって見た。
用意したものは、
Amazonで購入した藍染キット
のみ。(2000円くらいだったか。)
染めたものは、
・ユニクロで購入したホワイトデニム
・ボロくなってきた白いキャンパススニーカー
・白ハンカチ
・白シャツ
 
ハンカチくらいでは面白くないので、染めるためにユニクロでホワイトデニムを購入し、さらにスニーカーも染まるのだろうかと思い、実験的に染めてみた。
藍染をするにはある程度の大きさの入れ物が必要で、うち(一人暮らしアパート)にはそれがなかったので、風呂場で実施した。バケツ程度では藍染液が溢れてしまうので大惨事になってしまう。注意が必要である。色がついたら取れない。
手順は簡単。
1、藍染キットの粉を風呂場に溶かす。
2、染めたいものを沈めて染み込ませる。すぐには色はつかないので、数十分程度沈めておくとよかった。
3、干す。
4、完全に乾いた後に、色を定着させるよくわからない液につける。
5、干す。
出来上がり。
私の想像以上にホワイトデニムとスニーカーがいい感じになった。
しかし、風呂場が大惨事になり、3時間ほど全裸で掃除したことは秘密である。

幸せになれないと思ったので仕事を辞めた

私は新卒でシステム開発会社にSEとして入社し、1年9ヶ月勤めて、退社した。今は博士課程の学生として研究生活を送っている。多くの人に、なぜやめたのか、もったいないなどと言われるのだが、自分の中では全く後悔していない。やめるに至った理由を忘れないように残しておきたい。
入社した会社はシステムインテグレータ(SI)と呼ばれる業種で、他社のシステム開発を元請けで請け負っていた。給料は申し分なかった。2年目でも十分なくらいもらっていた。
1年目は研修や小さな案件がメインの業務で、残業などは多くなかった。
2年目になると、ある程度の規模の案件に配属された。もちろん業務は簡単でなく、残業もあり、トラブル対応も大変であった。たとえ家に帰っていても、システムトラブルがあると呼び出され出社する。時間が何時であってもだ。深夜から早朝にかけて電話がかかってくることもあった。もらっている給料からすればしょうがないかと思っていたし、全くやりがいがないわけでもなかった。わからないことばかりであるが、少しずつ信頼されて任せてもらえる仕事が増えていくのも嬉しかった。しかし今後のことを考えると疑問を持った。
2年目になって残業が多くなり夜まで残ることも多くなったが、残業をするのは自分だけでなく30代以降の方々も同様であった。むしろ彼らの方がよっぽど遅くまで残っていた。トラブルがあったら彼らにも深夜であろうと連絡が行った。家族がいるいないに関わらずだ。例えば、自分が30代になって結婚して子供がいたと考えた場合、平日子供の顔を見る機会があるだろうか。おそらく寝顔ぐらいしか見れないだろう。深夜にトラブルで電話が来たら、妻も子供も起こしてしまうかもしれない。そんな日々を過ごしていて幸せだろうか。
年次が上がるにつれて、仕事の責任は増してくる。先輩方の話によれば30代で心の病になる人が多いらしかった(もちろん元気に働く人も多いし、逆に20代ですぐに病んでしまう人もいる)。身近なところにも体調を悪そうにして、気づいたらいなくなっていた人もいた。家族がいようといまいと、こうなってしまっては終わりではないか。
私事だが、2年目の初めに身内に不幸があった。あんなに元気だった人が、と思うと明日は我が身だと思った。私自身も1年目の終わりから小さな病気をしたし(すぐに完治したが)、友人の病もあったので、より一層明日は我が身だった。
そう考えた時、ずっとこの場所にいて幸せになれるのだろうかと思った。仕事はそんなものだ、あまい、という人もいるだろう。でもダメになってからでは遅いのだ。病んでからでは遅い。死んでしまっては最悪だ。よく病むくらい、死ぬくらいなら辞めればいいという人もいるが、それができないから世の中病んだ人が多いのではないか。完全にダメになるまで辞められないのだ。正常な判断ができなくなってしまうのだ。だったら辞めて好きな事をしようと思った。幸い、1年9ヶ月働いて少しはスキルとお金も得たし、世の中みんな生きてるから大丈夫だろうと思った。
辞めてからの収入はずっと少ないが、楽しい。

ブルジョワジーの気分

友人の結婚式のため、週末久しぶりに東京へ行った。
結婚式は夕方からであったため、昼前からかつての同期と先輩と連絡をとり
築地へ行く約束をした。
合流後、外国人でごった返す築地の中で、閑散とした通りに佇む寿司屋に入る。
寿司屋ではランチで4000円ほどのコースを注文。
白身から赤身、お出しまで一通り堪能した。
しばらく「うまいもの」というものを食べていなかったので、
これはもう感動であった。
私自身これだけでも十分だったのだが、
寿司の後に元同期が美味しいスイーツを食べたいという。
そのため築地から銀座方面へぷらぷら。
銀座でいい感じのカフェを探すが、銀座に適当なカフェなどなく、
銀座という名にふさわしい高貴な店しかない。
こうなったらかの有名な銀座千疋屋に行こうかと向かう。
30分ほどの待ち時間も普段からしたら短い方。ワクワクを胸にまつ。
いざ入店すると多くの人が幸せいっぱいにパフェやフルーツをほうばる。
私も負けじと銀座パフェをほうばる。
フルーツのみならずクリームやシャーベットまでとても美味で極楽。
こんな贅沢があって良いものかと思ってしまう。
築地で寿司を食べ、銀座で千疋屋に行き、その後友人結婚式で和食をいただいた。
なんと豪華な1日だったことか。
できることならこれを数日おきに1週間に分けて体験したかったものだ。
これがブルジョワジーというものか。

初めての登山入門①(装備について)

今まで生きてきて、山を登るという行為に心惹かれたことなどなかったが、
ここ数年で、登山好きに何人か出会い少し興味を持った。
そしてつい先日、連れられるようにして3回目の登山として
北アルプスの燕岳に登った。
もちろん私だけでは危ないので、燕岳はじめ色々な山に登ってきた人と一緒である。
思ったことは、筋力と根性でも登れるかもしれないが、
案外、登り方・降り方の技術的なところが重要だということ。
あと装備は大事だということ。
今回は装備についてメモ。
最低限必要なのは、登山靴、登山用靴下、雨具、防寒具、ザック
といったところだろうか。
まず、登山用具店の店長が言うに、そこそこの山に登るのであれば
登山靴はちゃんとしたのを買う方がいいらしい。
さらに初心者だからこそハイカットがいいとのこと。
そして意外だったのが靴下。普通のじゃダメで、専用のめっちゃ分厚いやつがある。
普通のだとクッション性がなくて足を痛めてしまうみたい。
靴擦れなども予防できる。
雨具は、ビニールのやつはダメ。
一度ビニール合羽で自転車旅をしたことがあったが、
中が蒸れてビショビショになり地獄だった。
GORE-TEXでなくとも上下ちゃんとしたのを買おう。
そしたら蒸れないし、寒い時には防寒具にもなる。
侮れないのが寒さ対策。
山の頂上などでは夏でも朝晩は0℃程度にまでなる。
最近は富士山をものすごい軽装備で登る人が多いようだが、
大抵上の方死にかけてるらしい。
フリースやコンパクトなダウンなど必須である。
必須なのはこのくらいかな。足りないものあるかな。
あとは行動食か。

会社を辞める人が注意するべき住民税

会社員が給料から天引きされる保険料の中で大きな割合を占めるものの一つが、住民税である。 私も仕組みをよく分からないまま会社を辞め、その時に困ったので、少しまとめてみたいと思う。

まず住民税を払う対象自治体であるが、それはその年の1月に住んでいた地域に対して払うことになる。したがって、2月に違う自治体に引っ越したとしても、1月に住んでいた自治体に住民税を支払わなくてはならない。

次に、住民税は所得に応じて決まる。 前年度の所得に対して住民税が決められるので、 当然住民税の支払いタイミングも翌年度になる。 会社員一年目には住民税がかからなかったと思うが、それはそのせいである。 なお、住民税の支払いは6月始まり、5月締めであることも混乱する要因となっている。

もし、会社を辞めて専業主婦(主夫)(第3号被保険者)になるなどして、次の職業がない場合は、会社を辞める際に住民税をまとめて支払うように、会社から請求がくるかもしれない。 なぜかと驚くと思うので注意が必要である。

例えば、2016年12月いっぱいで退職して、2017年1月から第3号被扶養者になる場合、会社から2017年1月〜5月分の住民税を会社に支払うよう言われると思う。 それは前年度(2015年4月〜2016年3月)分の住民税をまだ払い切ってないからである。 2017年1月〜5月分の住民税を会社に払うことで、前年度(2015年4月〜2016年3月)分の住民税の納付が完了する。

しかし、それではまだ2016年4月〜12月分の住民税を支払い切れていないので、第3号被扶養者になった後も2017年6月〜2018年5月まで、2016年4月〜12月分の住民税を払う必要がある。 会社を辞めて第3号被扶養者になる場合は、会社を辞めても1年程度は住民税を払う続ける必要があるので、注意したい。

ちなみに2015年1月にA市、2016年1月にB市に住んでいた場合、納付先も2015年4月〜2016年3月分はA市に、2016年4月〜12月分はB市になる。 とりあえずわかることは住民税はでかい。